





よしわら大門を通り過ぎ、山谷方面に歩を進めていきます。吉原同様、山谷という地名も今は存在していません。今の台東区清川、東浅草、日本堤あたりのドヤ街を山谷と呼んでいました。ドヤとは労働者向けの簡易宿泊施設です。
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↓よしわら大門を過ぎると街道沿いに行列のできる二つの古い料理屋があります。テンプラのいせやと馬肉の中江です。中江は一度は行ってみたい♪
↓いろは会というアーケードがあります。あしたのジョーの舞台だったとのことで、町おこしのためいたるところにキャラクターがおいてあります。
↓アーケードは奥に進むにしたがい、シャッターを締め切ったままの店が増え、昼間から寝転がっている人が増えていきます。
↓日本一大きいといわれる警視庁日本堤交番の横で。かつて数千人の労働者たちが交番を包囲する事件が何度も発生しました。そのため交番は要塞のように大きくなります。
↓ドヤ街です。至る所でしゃがみこんだり、酒を飲んだりしている人たちがいます。しかし、世間で言われているような危険な香りはしません。労働者たちの高齢化が進み、乱暴をするような元気はないのです。日本堤交番がその威力を発揮する時代は二度とこないでしょう。
最近の山谷はドヤが外国人バックパッカー向けの簡易宿泊施設に鞍替えしているケースが多くみられます。外国人から見れば都心に近いところで安く泊まれ、欧米のスラム街などに比べればはるかに安全と考えられているのでしょう。





