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土曜日に青山学院大学で生物学者・福岡先生の講演会があったので行ってみました。

私は「生物と無生物のあいだ」からの先生の大ファンで、最近も「動的平衡2」を買って読んだばかり。

先生の本は「生命とは何か」について科学的な知見ばかりでなく、絵画や詩の中にすら生命の秘密が含まれてると説いていてそのアプローチが門外漢の私でもとても分かりやすくて魅力的。

私は先生は科学者であると同時に詩人だと思っています。

最初に先生の本を読んだとき

「生命はたんぱく質の流れに生ずる淵のようなものだ。淵では水が滞留し、そこに落ちたモミジがクルクルとまわることでそれがわかる。やがて水流の変化で淵はなくなり、モミジは下流へと流れて行ってしまう。これが死なのだ」

といった、あまりにも詩的な表現に頭がクラクラ。

今回の講演では先生が研究している生命の「動的平衡論」をやさしく説明してくれました。
そのわかりやすさにあまりにも感動してしてしまったので、このブログに記録しておこうと思います。

生命の定義とは何か?と考えた場合に最も主流な考え方は生命を工業製品に例える考え方で「機械論」ともいわれます。

すなわち、生命は電子部品のようにDNAにより設計されており、車がガソリンで走るように、食物をエネルギーとすることで生命を持続させていくという考え方です。

ところが、この考え方がおかしいのではないかと考える人たちが出てきた。

機械論が正しいのであれば、食べた分と同じもの(あるいは由来のもの)が同じ量だけ体外に排出されるはずです。
ところがマウスに放射性同位体でマーキングした食物を与えると、その食物の一部は排出されますが、一部は体内に残ることがわかったのです。
しかも体重に変化ありません。
これは体内の古い組織が新しい組織に徐々に入れ替わっている証明になります。
ヒトの場合、腸の内側などはわずか数日、そして一年で脳や骨などの体を構成するすべてのたんぱく質が完全に入れ替わってしまうのです。

今日顔を見た恋人や妻は一年前とは分子レベルで全くの別人なのです。

これは、ガソリンを入れた車のタイヤがいつのまにか新しいタイヤに入れ替わっているようなもので、機械論が生命にはあてはまらないことを意味しています。

話を先にすすめるために、「エントロピー」の考え方を説明しておきます。
エントロピーとは乱雑、混乱を意味する言葉で、宇宙は常にエントロピーを増大させる方向に進もうとします。
星々は光の速さで互いに遠ざかり、新築の家はやがて古くなり、たんぱく質は酸化(劣化)していくのはエントロピーが増大するからだと説明できます。

  • 宇宙のエントロピーは増大している
  • 生命体はエントロピー増大に抗している

と言えます。

「動的平衡論」では生命体はエントロピーが増大する前に自ら自身を壊し、再構築することの繰り返しを行っていると説明しています。

  • 作ることよりも、壊すことを優先
  • 変わらないために変わり続ける
  • 分解と合成の絶え間ない均衡

これが動的平衡状態なのです。

文字にするとわかりづらいのですが、先生は坂道を転がり落ちようとするタイヤの模式図で分かりやすく説明されていました。

 

ここまでが動的平衡の科学的な解説で、講演の後半は科学的アプローチの方法論や芸術論に話が進んでいくのです。

後半の話も面白いのですが、また別の機会に...

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