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ご無沙汰しています。

最後の記事が2021年2月なので一年半ぶりの登場です。

その間に何があったかというともちろん新型コロナ問題でした。

そして私は会社の命令で在宅勤務になったのですが、その期間中に55歳で退職することにしました。
ちょっと年齢的に遅いかもしれませんが、今流行のFIREというやつです。

だいぶ崩れたとは言え、大企業を中心に終身雇用は残っており、定年まで務めるという考え方はバブル世代より上の世代にはまだまだ根強いのではないでしょうか?

会社を離れてどうやって生活していくのか?という点についてはいろんな人から質問を受け、非常に関心の高い分野なんだなと思っています。
ですので、今回は私は退職に至った理由と今後について書いていこうと思います。

元々組織で生きていくのが苦手だった

これを言うと私を知っている多くのが人が驚きます。
どちらかというは私は社交的だとみられがちで仕事も営業に近い、人との折衝が多い職場でした。
しかし、人から見える自分と、自分自身の自分への見方は異なります。苦手というと語弊があるかもしれませんが、人と接するよりは一人で何かをやっていくほうが性に合っていました。
なので、大学を卒業して、最初の会社に入社した時、いつかは組織から離れていかないといけないと思っており、少しずつ準備を始めていきました。

準備が整った

会社を辞めるための準備は二つあります。
一つは生活資金を貯めていくことで、二つめは会社を辞めた後にやることを考えておくことでした。
ひとつめは真面目に働きそれなりの評価を得て収入を上げる、支出を抑え貯蓄する、貯蓄をもとに投資するとうあまりにも当たり前の行動をしていきました。
FIREしたというと、どうやってお金を貯めたのか?というところに関心が集まります。
私の場合は、特質すべきことはありませんが、勤務していた会社が急成長したり、給与が実績連動型で頑張れば頑張るほど収入がアップするという給与体系だったという外部環境が蓄財に貢献したと思います。
退職するとやることがなくなってヒマで死にそうになるぞ、と若い頃に先輩から言われたことがあります。
しかし、後から述べる理由でそうはならないとわかりましたので辞めることにしました。

仕事がそろそろ限界

私の勤務先は先ほど書いたように実績連動型でした。
なので成果を上げれば待遇は青天井でアップしますが、成果を上げられないと居場所が無くなります。
定年制度も形だけ65歳定年がありましたが、ほとんどの社員はそこに行き着くはるか前に退職していきました。給与が上がれば上がるほど、翌年のゴールは高く設定され続けれるのでいつかは限界がくるのです。
プロ野球選手を連想するとわかりやすいかもしれません。ピッチャーにせよ、バッターにせよ、期待以上の勝率、打率を上げなければ1年のファーム暮らしを経て浮上する見込みがなければ球界から退場していきます。過去ホームラン王だったとか、年齢が上だとかは関係ありません。今期の実績が全てでした。
30年近く勤めるうちで何度かファーム暮らしを経験しましたが、逆境はむしろ意欲を高める働きしかありませんでした。しかし、50代に入り、周囲を見回すと自分と同世代はほとんどいなくなっていました。
自分の意欲も低下しつつあることを感じており、そろそろいいかな、と感じました。
誰かが「老兵は去るのみ」と語ったそうですが、そんな気持ちです。
一方、会社員生活でやりたいことはやり尽くしたという充実感、激しく動く業界の成長のど真ん中で生きたことへの満足感もありました。

在宅勤務での実験

清水の舞台を飛び降りる思いで退職に踏み切ったのは在宅勤務経験が大きいと思います。
私の職場はすでにリモート勤務を行うためのWeb会議やチャットシステムの展開は終わっていましたから、新型コロナが蔓延し始めるとほぼ同時に全社一斉に在宅勤務体制になりました。

私はB2Bビジネスを担当しており、その中でも大企業がお客様でした。
お客様側でもリモート勤務体制は整っており、顧客訪問も2020年春にはほぼほぼオンラインで済ませられるようになりました。
オンライン体制でも人事異動など会社の行事は通常通り進められましたから、新年度に入り新組織で一度もリアルに会ったことのない同僚とプロジェクトを進めるような経験もしました。

仕事がオンラインで進められるようになると、自分の時間が大幅に増えました。
通常勤務時は往復の通勤で3時間かかっていたものが、丸々自分の時間になりましたし、勤務時間中でも空き時間にはのんびりできるようになりました。
実績連動型の給与システムでしたので、元々9時から5時まで仕事もないのに座っていなければならないような勤務体制ではなかったので、成果さえ上げれば「仕事をするフリ」をする必要はなかったのです。在宅勤務をしていると、気持ちの変化も現れました。
通勤していた時、職場は生活の糧を得る狩猟場であり、同僚と触れ合う生活の場でもありました。しかし在宅勤務で「生活の場」という意識が薄れ、糧を得る場というシンプルな位置付けになりました。
「生活の場」に費やしていた時間は家族との時間、SNS上の仲間たちとの時間、そして自分だけの時間に変わっていきました。

「生活の場」としての機能が失われる一方、前にも書いたようにすでに寿命が尽きるまでの資産は作ってあったので、「生活の糧」を得るために会社に勤務する必要性もなくなっていったのでした。

まとめると

元々個人志向が強いため、組織を離れるための準備をしてきていた。そこへ新型コロナの流行のため、私の中の会社の位置付けが下がってきていた。そのためにより時間を有効活用するために退職に踏み切ったということになります。

今後の展開

会社を辞めて一年近くになりますが、働いてはいません。
時間はたくさんありますが、今までのところヒマで死にそうということにはなっていません。
日々やりたいこと、やることがたくさんあります。
このブログを書くこと自体も自由な時間の中で楽しみながらやっています。しかし、今後はかつての先輩が言っていたように飽きてしまうことがなるかもしれません。その時はその時だと腹を括っています。

再起動したこのブログですが、そんな無職50代の人生を徒然なるまま語っていきたいと思います。

定年退職が迫っている方、すでにされた方、FIREに憧れている方、お時間があればぜひ遊びに来てください。

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2 thoughts on “昨年55歳で会社を辞めました

  1. こんばんは。
    古くより拝見していましたが、この度の決断に拍手と共にこれまでお疲れ様でした。
    ねりうまさんより少しばかり先輩の私も昨年6月にFIRE?し1年を過ぎました。
    色々と違いはあれど、FIRE仲間として引き続きお邪魔させてもらいます。

    1. kazuさん、コメントありがとうございます。
      こちらこそよろしくお願いします。
      FC2のブログも見させていただきました。次男の方のご結婚おめでとうございます。
      これからもよろしくお願いいたします。

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