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前回の記事で浅草から奥浅草、千束(吉原)を経て山谷まで歩いたことを書きましたが、実際にはもっと遠くまで足を延ばしており、南千住、更に隅田川を渡り堀切まで歩きました。

今回は南千住がテーマです。

これ以前にも何度か南千住を歩いたことがあるのですが、今回の街歩きで新しい発見をしました。

山谷から吉野通りを北上して南千住駅方向へ向かうと、山谷に接した南千住3丁目は山谷とあまりかわらない寂しい雰囲気が漂っています。

ところが南千住駅の東側、広大な旧国鉄払下げ用地だった南千住8丁目に入ると風景は一変します。道は清潔で広くタワーマンションが立ち並び、大きなショッピングモールもあります。住民も若い人たちばかりです。

似たような光景は横浜・石川町駅で見たことがあります。

駅の南は華やかな中華街、北側は山の斜面にできた高級住宅街。そして西側は山谷と並ぶ日本三大ドヤ街のひとつ、寿町なのです。

駅を境界としてあまりにも鮮やかに街の雰囲気が異なっているのに驚きました。

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↓ 明治通り。左が清川二丁目。右が南千住三丁目。正面の信号は「泪橋(なみだばし)」。

地名の由来は江戸時代にこの近くにあった小塚原刑場にあります。刑場におくられる罪人と家族がここで涙の別れをするために、この地名になったと言われています。
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泪橋交差点を右折してJR南千住方向へ歩くと山谷の雰囲気が駅まで続きます。

↓ ところが駅の手前で右折していくと...
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↓ あれれ、今までの雰囲気とちがうぞ...
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↓ 建物が山谷と違うだけでなく住民層も大きく違います。山谷では路上で寝ている老人が多かったのに、こちらではそんな人は一人もいませんし、子供を乗せる荷台をつけた自転車にのった女の人に多くすれ違うことに気づきました。20代から30代の子持ち世代が多くの割合を占めていると考えられます。
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↓ 高層マンションの間の神社では七五三を祝う親子連れがいました。社殿まで真新しい感じです。
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↓ 隅田川を渡ると北千住エリアです。
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以上で南千住探検は終わりですが、南千住にもうひとつの側面があるとすれば三ノ輪橋付近の住宅街です。こちらは活気ある商店街を中心に人情ドラマにでも出てきそうな下町を形成しています。

そう考えると南千住には3つの顔があると言った方がいいかもしれません。

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